次世代のグローバル化 - 新たなる統合
2020年5月21日
しかし、今日では、グローバル化の先行きにはブレが生じている。「有効距離」の縮小ペースは鈍化し、一部では現象が逆転している。グローバル化は、今や成長速度と社会全体における利益分配の両面で期待されていた役割を果たすことができなかったとして多方面から批判されている。世界金融危機後の景気拡大は、過去の景気回復期に比べ長期化しているという点で際立っているが、成長率という点では、より緩やかである。
Nathan Sheets, PhD. チーフ・エコノミスト兼グローバル・マクロ経済リサーチ責任者
今世紀の幕開けと共に、グローバル化のうねりは否応なく押し寄せ、それは概ね望ましい変化だと思われた。進化する一連のテクノロジーにより、世界はより小さくなり、国境はより曖昧になっていった。そうしたテクノロジーのひとつが、インターネットに代表される情報通信技術である。加えて、グローバルな競争の増加と自国外の市場への進出により、各国経済の基本的な効率が高まるとの期待があった。
当然の流れとして、経済と金融の統合を政策立案者は推し進めた。自由貿易は世界成長の主要な原動力と見なされ、自由な資本移動が金融セクターの発展と効率性を支えると考えられた。移民問題は政治的議論の対象となっていたが、経済政策の一つの柱として捉えられていた。1999年のユーロ導入にはじまり、欧州経済の統合が進んでいることは、さまざまな意味でグローバル化の証左でもあった。この欧州経済の統合は、モノ、資本、サービス、労働の自由な移動という「4つの自由」を前提としていた。
こうした考察をふまえ、ベン・バーナンキは2006年に次のようにコメントしている。
ほとんどすべての経済関連の指標で測られる距離は過去数十年間でかなり縮小した。その結果、ウィスコンシン州ウォーソーと中国の武漢は、経済的距離は今日かつてないほど近く、相互依存的である。経済的・技術的変化は、今後さらに有効距離を縮め、生産性と生活水準の継続的な改善および世界的貧困の削減に向けた可能性を生み出している 。(1)
しかし、今日では、グローバル化の先行きにはブレが生じている。「有効距離」の縮小ペースは鈍化し、一部では現象が逆転している。グローバル化は、今や成長速度と社会全体における利益分配の両面で期待されていた役割を果たすことができなかったとして多方面から批判されている。世界金融危機後の景気拡大は、過去の景気回復期に比べ長期化しているという点で際立っているが、成長率という点では、より緩やかである。
(1)「世界経済の統合:何が新しいのか、何がそうでないのか」、2006年8月。
グローバル化に対する批判
今日、多くの国ではグローバル化の恩恵は富裕エリート層に偏っていると認識されている。対照的に、労働者階級においては、中国を中心とした国外の安価な労働力との競争が激化しており、あまりにも多くの雇用機会が海外に移転しまったと嘆く向きもある。移民がその国で生まれ育った自国民の雇用機会を奪っているとの批判を受けてきた。現在、先進国・新興国ともに、政策当局者は海外からの資本流入への警戒を強めており、IMFでさえ資本移動規制を認めている場合がある。
さらに、世界金融危機後は、世界経済に占める国際貿易の貢献度が減少している。図に示されているように、1991年から2007年の間、世界の貿易量は平均で年率6.9%成長したが、危機後は年率1.8%に減速した。トランプ大統領が本格的に貿易戦争を開始した2018年以降、世界の貿易量はさらに減少している。
グローバル化が明確な勝者と敗者を生み出したことに疑いの余地はない。例えば、PGIMフィクスト・インカムの調査では、金融危機後の10年間に米国で創出された雇用は、魅力的な高給職(マネージメント、コンピューター、ビジネス・ファイナンス、医療専門職)か、あるいは低給与の分野(特に食品調理、個人サービス)のいずれかに二極化している。中産階級の雇用の大部分を占める所得分布の中間が大きく空洞化している 。(2) 同様に、近年の米国の所得と富の不均衡を測る指標は、戦後最高水準まで上昇している。他の多くの国では格差は米国ほど深刻ではなかったが、根底には同じような力が働いており、幅広い層の人々が成長から取り残されたと感じている。
この経済的批判と併せて、国家アイデンティティ、文化、主権を守ることの重要性を強調する国民の一部は、社会的批判を展開してきた。懸念されるのは、グローバル化の求心力があまりにも速く動いていることである。あまりにも多くのことが、あまりにも急速に変化しているのだ。その根底には、グローバルなテクノロジー、コミュニケーション、移動の世界において「国」とは何かという深遠な問いがある 。(3) 社会的批判の数ある論点の核心には、移民の必要性と、もし必要であれば、それをどのようなペースで受け入れていくのか、という問題がある。
グローバル化への懐疑論は、多くの国々の政治で顕在化している。これらのテーマは、英国のEU離脱論争の争点となってきた。また、欧州のポピュリズム運動にも支持されており、欧州各国で選挙の度に議論されてきた。米国でも、ドナルド・トランプ氏とバーニー・サンダース氏の旗振りによって、グローバリズム懐疑論が様々な形で展開されてきた。議論の余地はあるが、メキシコにおけるアンドレス・オブラドール大統領の左翼ポピュリズムやブラジルにおけるジャイール・ボルソナロ大統領の右翼ポピュリズムなど、新興国の政治においても呼応する向きがある。
(2) 詳細は、 N. Sheets およびG. Jiranekによる“米国労働市場の重大な「空洞化」”(2019年6月)を 参照。
(3) さらなる議論については、PGIMが発行した“The End of Sovereignty?”(2018年 春号)を参照。
新しい2つの課題
ここ数年、グローバル化を妨げていた逆風は、トランプ大統領の貿易戦争と新型コロナウイルスの攻撃という二つの新たな課題によってさらに勢いを増した。
貿易戦争は、前述した要因の多くによって説明できる。対照的に、新型コロナウイルスは新たな外因性の課題である。
貿易戦争は、グローバル化の重要な要素をいくつか後退させた。まず第1に、世界の2大経済国である米国と中国の貿易の流れが分断された。これが一因となって、前述の通り、近年は世界貿易の成長率が低下している。第2に、その結果生じた政治的緊張は米中関係をより広い範囲で硬化させ、貿易以外の課題について協調を図ることが困難になっている。第3に、貿易戦争によって、関税に新たな役割が与えられ、また質的にも変化し、経済政策のツールとなった。
今日まで、米国の関税対象となっている中国やその他の国々は、報復関税の応酬を抑制し、トランプ大統領のように積極的かつ攻撃的な方法で関税を利用することを控えてきた。しかし、関税合戦が繰り返されるリスクは残る。
全体として、貿易戦争は国際経済における米国のリーダーシップの迷いを浮き彫りにしている。トランプ大統領は、過去において米国が世界的な秩序を高めるために、米国にとっての最大利益を不必要に妥協してきたとの懸念を表明している。この批判が的を射ているかどうかはともかく、トランプ政権が世界的リーダーシップを発揮することに消極的であるため、G7やG20のような主要なグループは難局の中に取り残されてしまった。更に言えば、貿易戦争の一方的な性質、そして確立された国際的コンセンサスからの顕著な乖離が、すでに認知されている米国の正当性と国際的なリーダーシップを弱体化させた可能性がある。
同様に、コロナウイルスは各国が国境を閉じ、国民の健康を守るために内向きになることを促した。これにより、旅行、観光、サービス貿易を含む幅広い世界的なフローが停止し、国民の福利厚生を守るための個々の国の役割と責任が強化された。もしグローバル化が国境をより曖昧にする傾向にあったとすれば、ウイルスは再び国境の線引きを明確にしている。各国が国境封鎖を解除することが、最終的にコロナウイルス禍からの回復プロセスにおける最後ステップの一つになるだろう。
さらに、貿易戦争も新型コロナウイルスも、世界的、特に中国に集中するサプライチェーンが孕んでいる予期せぬリスクを浮き彫りにした。
これに対して、企業は単一国への過度な依存を避けるために、経済活動の回復とともに、グローバルな生産体制の多様化を図ることが予想される。さらに、サプライチェーンを国内で統合することが検討に値すると考える企業もあるだろう。これは特に米国企業に当てはまる。経済的現実がそのような行動を許すかどうかは、産業、企業、国によって大きく異なるだろう。それとは別に、安全保障の大義名分を掲げ、政府は医薬品やその他の医療製品を含むいくつかの物品を国内で生産するよう要求するかもしれない。世界経済の効率性の喪失と慎重なリスク管理によるメリットを天秤にかけた時、サプライチェーンの再構築によってどちらに針が振れるのかは、現時点では答えが見えない。
新しい統合を実現するには
それでは、これまでの多岐にわたる論点を踏まえると、グローバル化はどこに向かっているのであろうか。審判はまだ下っていないが、二つの競合する勢力がうまく牽制し合っているように我々には見える。一方で、グローバル化に対して今世紀になって支配的となったコンセンサスは、いまだに一粒の真実以上のものを保持している。テクノロジー、情報の入手可能性、生産規模や市場規模の拡大意欲は、世界をより緊密に結びつけようとする強力な力である。他方、グローバル化はもはや必然性のオーラを持っていない。グローバル化が以前に約束した未来のすべてを実現できなかったため、経済大国が覇権拡大を狙う隙を与えた。さらに、パンデミックの経験は、健康と厚生を守ることを含め、各国が自国民に対し責任を負っていることを再認する契機となった。これによって、グローバルな統合が、時に停滞する可能性がある。
これらの競合する様々な要因は、時間の経過とともに新たな統合をもたらし、グローバル化の再構築を促すことを我々は期待している。次世代のグローバル化は、野心的という評価基準においては、21世紀になって我々が経験してきたグローバル化よりも1ノッチ下、実用的という面では、1ノッチ上であるという見方ができるかもしれない。グローバル化によって起る可能性のある社会的分断にも配慮し、急激な変化を避け、結果としての富の分配についてより敏感に反応するようになるだろう。そうなるとしても、この新たな統合が具体的な姿を現すまでに、長年にわたる議論を重ねることが必要で、おそらく蓄積された経験によってそれは形作られるものとなろう。やるべきことはたくさんある。その間、グローバル化は引続き険しい上り坂を歩むことになるだろう。
留意事項 1
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