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連邦学生ローン返済再開が及ぼす急激な影響

2025年8月7日

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米国連邦政府による学生ローンは、数年にわたる返済停止期間を経て返済が再開されたことで数千万人に及ぶ米国民の信用状況が一変し、証券化クレジット市場にも広範に影響を及ぼしている。コロナ禍における返済猶予によって4,000万人以上の借り手が3年以上にわたって返済の停止と信用スコアの保護といった恩恵を受けた。

 

この救済措置は正式には2023年9月に終了したが、その後も12ヵ月間の「助走(On-Ramp)期間」が設けられ、その間は返済が滞っても信用調査機関に報告されることはなかった。この「助走期間」によって、返済再開が信用力に及ぼす影響は一時的に先送りされ、借り手の信用状況は2024年9月まで人為的に下支えされた。しかし、米教育省が延滞中の連邦学生ローンの回収を再開したことで猶予期間は終焉し、その影響はすぐに表面化した1。ニューヨーク連邦準備銀行によると、2025年1-3月期時点で学生ローン全体の8%程度に相当する600万人近い借り手が、90日以上ローンを延滞している(図1)。

税還付金の差し押さえ、連邦政府からの社会保障給付金などの支払い停止、給与の差し押さえといった強制回収手段が再び執行され、借り手の可処分所得の新たな重石となっている。これらの影響が連鎖的に広がり、対象となる人々の経済的ストレスは増加し、FICOスコア(信用スコア:米国で広く使用されている個人の信用力を示すスコア)には下押し圧力がかかり、借入コストはさらに上昇すると予想される。

こうした中、証券化クレジットの投資家にとって注目すべき点が2つある。第一に、連邦学生ローンを巡る状況は、FICOスコアによる表面的な審査だけでなく、より包括的な審査が重要であることを示す好例となっている。第二に、連邦学生ローンの返済再開に伴って信用力のばらつきと発行体ごとの差異が拡大する中、足元の急激な変化を踏まえると、投資家は規律と敏捷性を維持する必要がある。

 

図1

連邦学生ローンの返済猶予期間の終了とともに、学生ローンの延滞率は急上昇(ローン種類別90日以上延滞している残高の割合、%)

 

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出所:ニューヨーク連邦準備銀行の消費者信用パネル、エキファックス。 * ホーム・エクイティ・ライン・オブ・クレジット

 

 

FICOスコアへの影響

連邦学生ローンの返済義務の再開は、持続的なインフレに生活費の高騰も加わり、影響を受ける借り手の経済的負担をさらに増加させた。大手信用情報機関であるTransUnion社によると、延滞中の債務者うちの30%近くが7月までに債務不履行に陥る可能性があり、それによって強制回収措置が発動されると見られている。

ニューヨーク連邦準備銀行の調査(図2)では、急激な信用力の悪化が明らかになった。

  • 新たに学生ローンを延滞し、信用スコアが100以上低下した人は220万人以上。
  • 当初から信用力が620未満であり、新たに延滞となった320万人はさらに信用力が悪化。
  • 当初620以上の信用スコアだったが、新たに延滞となった240万人は信用スコアが大幅に低下。これにより、借入コストの上昇や新規ローンの制限に直面する可能性がある。

 

図2

連邦学生ローンの返済が再開されてからわずか数ヵ月で、その影響を受ける借り手の信用スコアは大きく悪化している
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出所:ニューヨーク連邦準備銀行の消費者信用パネル、エキファックス。

 

 

証券化クレジット市場への影響

米国の成人の約13%が学生ローンを抱える中(図3)、証券化クレジット市場、その中でも消費者向けローンを担保としたABS市場に大きな影響を及ぼす可能性がある。特に、消費者にとって返済の優先順位が低い資産クラスや、貸出当時は返済が猶予されていた連邦学生ローンのリスクを引受時に十分に考慮していなかった貸し手に最も大きな影響を及ぼす可能性が高い。

 

図3

学生ローンを抱える成人の割合(年齢別、自身の教育のために借り入れた学生ローンを返済している人の割合、%)
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出所:ピュー研究所

2024年までは「優良」と見なされていた借り手が財政難の兆候を見せ始める中、返済猶予期間に信用スコアを過度に重視した引受モデルを採用していた貸し手は、足元で債務不履行リスクの高まりに直面している可能性がある。2025年4月時点で新たに学生ローンを滞納した借り手のうち、信用スコア700以上を維持しているのは1%未満にとどまり、2025年1月時点の15%から低下している。信用力の低いサブプライム層や過剰な債務を負っている借り手は、連邦学生ローンの返済再開によって家計が圧迫されており、強制回収手段が講じられた場合にはさらなる制約を受ける可能性があるため、特に脆弱な状況にある。一方で、信用調査機関への報告が一時的に停止されていた期間中も、引受モデルにおいて連邦学生ローンを考慮していた一部の貸し手は、この移行期間をより上手く乗り越えられると考えられる。

学生ローンの借り手は、持ち家よりも賃貸住宅に住む傾向が強い(図4)。連邦学生ローンの返済が再開される以前から、賃貸住宅の居住者は住宅価格上昇の機会を逃したことで経済的に不利な状況に置かれ、賃貸住宅と持ち家の居住者で純資産の格差は拡大していた(図5)。連邦学生ローンの返済再開によって、賃貸住宅の居住者の家計にはさらなる負担がかかると予想され、特に低所得者層向けの集合住宅では家賃の回収率が悪化する可能性がある。また、連邦学生ローン返済再開の影響は地域によって異なり、北東部や中西部のように賃貸住宅市場が逼迫している地域では、より容易に家賃滞納者を新しい入居者に入れ替えることができるかもしれない。一方、供給過剰となっているサンベルト地域はより大きな困難に直面する可能性がある。いずれにせよ、消費者に大きな影響を及ぼすことは明らかであり、今後は精査が必要となる。

 

図4

学生ローンの借り手は、賃貸住宅の居住者に多い(住居タイプ別、教育ローンの割合、%)
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出所:ニューヨーク連邦準備銀行の消費者金融調査、学生ローン債務を抱える回答者の割合(%)。

 

図5

賃貸住宅と持ち家の居住者での純資産の格差は拡大(米ドル)
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出所:米連邦準備制度理事会による消費者金融調査、全米不動産協会。

住宅ローン市場は相対的に安定しており、その理由としてファニーメイやフレディマックといった政府支援機関が挙げられる。これらの政府支援機関は、返済停止されていた連邦学生ローンを考慮に入れて住宅ローンの審査を行い続けている。ノンエージェンシーの住宅ローン市場の大部分は、一般的に政府支援機関の引受基準を踏襲しているため、連邦学生ローンの返済再開による影響は同様に限定されると見られる。一方で独自の審査基準を採用している一部のノンエージェンシーの住宅ローン事業者は、一定の圧力に晒される可能性があるが、これらの住宅ローンは通常、ローンに対する物件価値(LTV比率)が低いため、損失は限定的にとどまるだろう。その結果、住宅ローン市場全体の信用状況が大きく悪化する可能性は低いと考えられる。ただし、初めて住宅を購入しようとする一部の人々にとっては、信用スコアの低下によって住宅ローンの審査を通過することが困難になる可能性がある。

 

 

 

結論

現在の環境において、証券化クレジットの投資家や個人向けローンのオリジネーターは信用力を審査するに当たり、より精緻なアプローチが求められている。従来からの静的な信用スコアは財務リスクを測る上で信頼できる指標とはもはや言えないかもしれない。表面的な指標にとどまらず、借り手の経済的な健全性を多角的に評価する貸し手ほど、信用環境が正常化に向かう次の段階をより上手く乗り切ることができるだろう。

図6の例は、我々の結論を強調している。実際、2022~2023年にかけて、インフレ圧力によって借り手のキャッシュフローが逼迫する中、審査基準をリアルタイムで調整する能力が極めて重要であることが示されている。当時、マーケットプレイス・レンディング(借り手と貸し手の橋渡し役となるオンライン・プラットフォーム)は、従来型のクレジットカードよりもの貸し倒れ率の上昇が顕著だった。これは、クレジットカード業界が長年にわたり実績のある包括的な審査手法を用いていたためである。こうした乖離は、審査手法、顧客の獲得チャネル、投資家需要など、複数の要因によってもたらされ、結果としてマーケットプレイス・レンディングのパフォーマンスはクレジットカードに劣後した。また、それぞれのセクター内でもばらつきが見られ、一部の貸し手は他の貸し手よりも柔軟に審査基準を調整していたことが分かる。

 

図6

2022~2023年にかけて、マーケットプレイス・レンディングのパフォーマンスはクレジットカードに劣後した(%)
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出所:PGIM、米連邦準備制度理事会、dv01(証券化商品のデータ提供業者)。

連邦学生ローンの返済が再開される中、信用力のばらつきと発行体ごとの差異が生じた2022~2023年と同様の傾向が再び顕在化する可能性も高い。投資家には、表面的な審査を避けるという規律だけでなく、信用状況をリアルタイムでモニタリングし、急速に変化する環境に応じてポジションを柔軟に調整できるプロセスとシステムが必要とされる。最終的には、投資家や発行体がどれだけ機動的に対応できるかが、連邦学生ローンの返済再開が消費者に及ぼす影響を乗り越える鍵となるだろう。

 

 

1. ウォールストリート・ジャーナルに2025年5月5日に掲載された“Collections Coming for Millions of Student-Loan Borrowers”を参照。
データの出所(特に断りのない限り):PGIMフィクスト・インカム、2025年6月現在。
当レポートは、金融機関、年金基金等の機関投資家およびコンサルタントの方々を対象としたものです。過去のパフォーマンスは将来の運用成績を保証するものではなく、また信頼できる指標でもありません。すべての投資にはリスクが伴い、当初元本に損失が生じる可能性があります。