日銀は6月15~16日の金融政策決定会合で政策金利を25bps引き上げ1%とする決定を行った。この他、長期国債の買入れについては、2027年3月まで計画通り減額を行うこと、および2027年4月以降の買入れ規模を2兆円/月とすることが決定された。いずれも事前報道などを通じ概ね予想された内容であり大きなサプライズは無かった。
公表文の経済認識については幾つかの変化が見られた。まず中東情勢の影響については、「政府によるエネルギー負担緩和策をはじめとする各種施策の効果が今後も見込まれることに加え、中東依存度の高い原材料の代替調達が進展していることなどから、経済が大きく下振れるリスクは一頃よりも低下していると考えられる。」とした。加えて物価については、「原油価格上昇を起点に企業間取引における価格転嫁がやや速いスピードで進んでおり、これが、今後、消費者段階における幅広い品目の価格上昇に波及していく可能性がある。」こと、および、「中長期の予想物価上昇率が引き続き上昇していることも踏まえると、消費者物価の基調的な上昇率が2%の「物価安定の目標」を超えて上振れていくリスクがある。」ことが指摘された。内田副総裁は会見で、今回の利上げの理由の一つであると発言した。
このことは既に植田総裁が6月3日の講演で詳しく述べている。「供給ショックによる物価上昇は、通常、一時的ないし特定の品目の範囲内にとどまり、私どもが重視している基調的な物価上昇率に大きな影響を及ぼさないと考えられるため、金融政策では対応しない、というのが基本的な考え方です。」としつつも、「供給ショックが発端であっても、状況次第では、物価上昇の動きが広範囲に広がり、それが人々の予想物価上昇率の上昇を通じて、基調的な物価上昇率の上振れにつながる可能性があります。このような『二次的波及効果』が生じる可能性がある場合、持続的な物価の安定を目指す中央銀行としては、金融政策によって必要な対応を講じることも検討しなければなりません。」とした。供給ショックに接したとき、中央銀行は景気を重視するか物価を重視するか難しい判断を迫られる。パンデミック、ウクライナ戦争では景気重視の政策運営であったが、今回は物価を重視するということだ。
植田総裁が講演で言及されている通り、4月の企業物価指数が前年同月比で4.9%の上昇と、予想を大きく上回ったことは日銀にとってもサプライズとなったのではないか。輸入物価の上昇から企業物価への波及には通常数ヵ月のラグがあるが、今回の価格転嫁は速く広範囲に渡っている。展望レポートで度々言及されている通り、企業の価格設定行動が積極化しており、今年5月のさくらレポート(地域経済報告)ではそれが広範囲に拡大していることが報告された。二次的波及効果と相俟って、2%の物価安定目標を超えるリスクが高まったとの判断に繋がったと思われる。
フォワードガイダンスも一部変更された。前回は「現在の実質金利がきわめて低い水準にあることを踏まえると、経済・物価・金融情勢に応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことになると考えている。」であったが、「現在の金融環境が緩和的であることを踏まえると、経済・物価・金融情勢に応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことになると考えている。」へ変更された。これまでの「実質金利がきわめて低い」は、何らかの基準値に対し低いと言っているため、日銀が発信してきた中立金利の議論に結び付きやすく、「きわめて」を削除することは利上げ停止が近いとの思惑を呼ぶ可能性があった。ただし、「きわめて」の削除に市場の大きな反応は無かったようだ。中立金利の推計値については、昨年12月に主要なコミュニケーションツールとは位置付けないとの報道があった他、今年3月の日銀レビューでは、日本銀行が金融緩和の度合いを評価するに当たっては、実質金利と自然利子率の関係だけでなく、経済・物価・金融情勢を丁寧に点検しながら、総合的に判断していく必要がある、と結論付けており、政策金利の予測に中立金利の議論はあまり意味が無いことが市場に浸透していたと思われる。
長期国債の買い入れ額については、金額についてサプライズはなかったが、これまで行ってきた中間評価を実施しない点は意外であった。日銀の最適なバランスシート規模については表立った議論もなく現時点ではよく分かっていないとの認識で、それ故に将来調整の余地を残すためにも、中間評価を行う方が柔軟な対応が出来るはずだ。穿った見方をすれば、柔軟に対応したくない理由があるはずで、例えば、さらに減額することを考えていた日銀に対し政府からストップが掛かった可能性、あるいは逆に、将来政府から買い入れ増額要請が来る可能性を考慮し増額のハードルを上げるためなのかもしれない。
今後は、「金融環境」に照らし利上げの要否を判断していくことになるが、「金融環境」の具体的中身については3月の日銀レビュー「自然利子率の動向と金融緩和度合いの評価」で説明されている。金利動向として実質金利、資金調達環境として、資金調達コスト、アベイラビリティー(資金調達の容易さ)、資産価格、資金調達量などだ。足元では実質金利は中短期でマイナス、調達コストは上昇しているが銀行融資残高は前年比5%台へ加速、銀行は与信に積極的で、資産価格も上昇している。これまでの利上げの効果で金融環境が引き締まっているとは言えず、利上げの継続が正当化される。
当社では、次回利上げは12月をメインシナリオにしている。本格的利上げ局面は30数年ぶりであり、中立金利の水準も正確には分からない中、利上げの効果を検証しながら利上げを進めるには、半年程度のインターバルを置くのが適切ではないかと考えるからだ。ただし、日銀が、リスクがあると言う通り、4月の企業物価の大幅上昇を起点に、消費者物価が上昇し、それにより二次的波及効果が生じる場合は別だ。その場合は利上げを前倒しすることになるだろう。AI投資などにより米国経済は好調であり、FEDの利上げ見通しが強くなれば、円安を通じ早期利上げを促すことになる可能性もある。
著者
丸山 誠二、CMA、取締役投資運用本部長兼チーフ・インベストメント・オフィサー兼債券運用部長、チーフ・ファンド・マネジャー
本資料はPGIMジャパン株式会社の債券運用部が執筆したものです。
本資料は、情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の勧誘又は販売を目的としたものではありません。また、本資料に記載された内容等については今後変更されることもあります。
記載されている市場動向等は現時点での見解であり、これらは今後変更することもあります。また、その結果の確実性を表明するものではなく、将来の市場環境の変動等を保証するものでもありません。
本資料に記載されている市場関連データ及び情報等は信頼できると判断した各種情報源から入手したものですが、その情報の正確性、確実性について当社が保証するものではありません。
過去の運用実績は必ずしも将来の運用成果等を保証するものではありません。
本資料は法務、会計、税務上のアドバイスあるいは投資推奨等を行うために作成されたものではありません。
当社による事前承諾なしに、本資料の一部または全部を複製することは堅くお断り致します。
“Prudential”、“PGIM”、それぞれのロゴおよび“ロックシンボル(The Rock)”は、プルデンシャル・ファイナンシャル(本社:米国ニュージャージー州ニューアーク)およびその関連会社のサービスマークです。英国プルーデンシャル社とはなんら関係はありません。
Collapse SectionPGIMJ129946 5586386_20260617