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イラン情勢に関する10の考察

2026年3月5日

イラン情勢は依然として初期段階にあり、多くのことが引き続き不透明である。しかし、これまで起こった出来事から、紛争が継続する中で市場が直面するリスクの全体像や今後のシナリオ(およびその生起確率)をある程度想定することができる。

 
1:戦術的観点

米国とイスラエルは、指導部の壊滅を目的としたハイリスク・ハイリターンの徹底した作戦を実行した。戦術的には、この作戦は非常に成功したと言える。最初の攻撃で、イラン最高指導者を含む約50人の指導部が殺害または無力化されたと報じられている。今後の展開に関わらず、米国とイスラエルのインテリジェンス、偵察、攻撃能力が圧倒的に優れていることに疑いの余地はない。

 

2:戦略的観点

一方で戦略的観点では、多くのことが引き続き不透明な状況にある。目指すべき最終目標について、様々な意見が対立している。それは政権交代なのか?政権交代のための条件を整えることなのか?それともイランの核開発能力および通常兵器のサプライチェーンを弱体化させることか?これらは全く異なる目標であり、それぞれに全く異なる撤退戦略や戦略的・財政的な影響が伴う。もしも、最も野心的な最終目標を目指している場合、短期間での空爆作戦(たとえそれがどれほど大規模なものであっても)によって政権交代が実現できないのではないかと考えている。

 

3:不確実性の幅の拡大

こうした状況を踏まえて確実に言えるのは、想定されるシナリオの生起確率を巡る不確実性の幅が、上下両方向に大きく拡大したということだ。想定される今後のシナリオは、非常に建設的に問題が解決する可能性から極めて破壊的な結果がもたらされる可能性までその幅が大きく拡大している。市場は、各シナリオの生起確率やその間の道筋に関する信頼できる情報がほとんどないまま、大きく幅が拡大したテールリスクを織り込むことを求められている。

鍵となるのは、イランが、エネルギー輸送の物理的な妨害、あるいは代理戦争・サイバー作戦・地域インフラへの攻撃など通じた紛争の拡大によって局地的な紛争をシステミックなショックへと変えることに成功できるかどうかだろう(イラン情勢に関するさらなる考察は、PGIMのウェビナーを参照)。

 

4:楽観シナリオ

明確にしておくと、楽観的なシナリオである「ペルシャのルネサンス」が実現すれば、それは歴史的な出来事となるだろう。イランは、約半世紀にわたり自国民を弾圧し、地域を不安定化させてきた残虐で抑圧的な政権を打倒する転機を迎えている。このシナリオがもたらす恩恵は大きく、イラン国民への人道的救済、地域紛争リスクの大幅な低減、そして世界の戦略地図の根本的な再編などが含まれる。不安定要因としてのイランを排除できれば、米国は長期的な主要戦略課題であるアジアに再び資源を集中させつつ、世界のエネルギー供給の支配をさらに強化することができる。米国、カナダ、ベネズエラ、イランを合計すると世界の石油生産量の約3分の1(これは、イランを除くOPECの生産量とほぼ同水準)を占め、埋蔵量ではさらに大きなシェアを有する。

市場は、こうしたシナリオを1週間前にはほとんど想定していなかった。もし実現すれば、安心感から急激に相場が上昇するだろう。

 

5:楽観シナリオの詳細と生起確率

しかし、この魅力的なシナリオが実現するには、攻撃終了後の信頼できる実行計画が必要となる。これは、国家を統一し安定化させ、穏健路線へと向かわせることができる体制への平和的な移行を支援する戦略が必要であることを意味する。これは、いくつかの理由から、言うほど容易ではない。

第一に、ベネズエラの事例がイランに適用できるかは疑わしい。イランの統治システムはより高度に分権化され、強固なイデオロギーが定着しており、指導部を壊滅する作戦に対抗できるよう明確に設計されている。イラン政権は、広範な軍事産業複合体にわたる何層ものバックアップ体制を構築し、まさに今回のような状況に備えてきた。第二に、ベネスエラのデルシー大統領代行のような人物が瓦礫の中から現れ、後継政権を支える存在となるかは全くわからない。第三に、米国の中東地域やその他の地域における国家再建の実績は、せいぜい成功と失敗が混在している状況である。よって、政権交代が成功する確率は25%以下と見ている。

 

6:基本シナリオ

残る2つのシナリオの1つが基本シナリオであり、これは「壊したのは我々だが、直すのはあなたたち(We broke it, you fix it)」という概念で要約される。このシナリオでは、米国とイスラエルは現行政権の打倒に成功する(両国が軍事的優位性を持っていることは疑いの余地がない)が、イラン国内の長期的な移行を導くためのリソースの投入やリスクの吸収に対して政治的意欲を示さない、あるいは支援を約束できないことが想定される。その結果、イラン革命防衛隊の残存勢力、軍内部の各派閥、さらには民族的な国内の諸グループが権力を巡って争い、長期にわたって派閥争いが泥沼化する可能性がある。

このシナリオでは、紛争が地域的なものにとどまるとの見方が優勢になるにつれ、これまで見られた市場への影響は徐々に薄れる可能性が高い。特に米国や国際エネルギー機関(IEA)が戦略石油備蓄を放出し、OPECがブレント原油価格の持続的な高騰を防ぐために必要に応じて石油増産を続ける場合、こうした傾向が強まるだろう。それでもなお、不安定化したイランが、世界で最も重要なエネルギーの輸送路であるホルムズ海峡を封鎖する危険性を、市場が引き続き織り込む必要があり、このシナリオはリスク資産に対して小幅ながらも長期にわたってマイナスの影響を及ぼす可能性が高い。我々は、基本シナリオの生起確率を50%と見ている。

 

7:悲観シナリオ

金融市場にとって最悪のシナリオは、現在のイラン政権が指導部を失いながらも最終的に持ち堪えて、不滅の持久戦を展開することである。このシナリオでは、イランは攻撃をかわしながら紛争を長期化させ、紛争の影響圏を拡大させると想定する。イランは中東地域の近隣諸国への攻撃をエスカレートさせ、脆弱な民間のインフラ施設を標的とし、エネルギー資産への破壊工作を行い(あるいは破壊工作の脅威を与え)、海外のテロネットワークを活性化させ、サイバー攻撃を展開することで非対称的な損害を与えることを目論むだろう。これら全ては、米政権の政治的意思を消耗させ、時期尚早な勝利宣言を引き出すことを目的としている。

こうした状況下では、ホルムズ海峡を中心とした中東地域の主要なエネルギーの輸送路が長期にわたり混乱する可能性がある。物理的な封鎖がなくても、保険料の急騰や保険契約の引き受け停止だけで航路は変更され、実質的な供給が逼迫し得る。その結果、ブレント原油価格は1バレル当たり100米ドル以上の水準まで急騰する可能性もある。市場への影響としては、リスク回避の動き、イールドカーブのベア・スティープ化、安全資産への逃避などの典型的な展開が予想される。ただし、これらの影響は、各国が原油価格の上昇に対してどれだけ敏感であるかによってばらつきが生じる。我々は、悲観シナリオの生起確率を25%と見ている。

 

8:予想されるインフレへの影響

過去数十年で、世界経済の石油ショックに対する感応度が大きく変化したことには留意する必要がある。現在、米国は世界最大のエネルギー生産国かつ純輸出国となっている。その結果、原油価格の上昇を背景としたエネルギー関連投資の増加と消費の減退によって経済に及ぼす影響は概ね相殺され、GDP成長率への寄与は±10bps程度にとどまると見込まれる。インフレに関しては、ブレント原油価格が持続的に1バレル当たり10米ドル上昇すると、総合インフレ率(PCE)に20~30bps程度の上昇圧力が加わるが、コア・インフレ率への影響は、主にエネルギー関連サービス価格の上昇を通じた5~10bps程度にとどまると予想される。

欧州やアジアの石油輸入国にとって石油価格の上昇は、インフレ率の上昇、金融環境の悪化、実質所得の低下、成長率の鈍化など、教科書に書かれているようなエネルギー供給上のショックとなり、上昇幅によってその影響はより大きくなるだろう(欧州のインフレに及ぼし得る影響については図表1を参照)。対照的に、ロシア、多くの湾岸協力会議(GCC)加盟国、一部の中南米の国を含む石油輸出国は、貿易条件の改善、財政収支の改善、対外黒字の拡大を通じて、価格上昇の恩恵を受ける。こうした追い風は、エネルギー価格が大幅かつ長期にわたって上昇することで需要が減退し始めるまでは持続すると見られるが、需要が減退し始めると、これら全ての国にとって石油価格の上昇が悪循環をもたらす。

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9:予想される金融政策

これは中央銀行にとって何を意味するのだろうか?中央銀行は、期待インフレ率が不安定化する、あるいは金融環境や市場センチメントなどへの二次的な影響によって成長見通しが大きく軟化しない限り、供給ショックについては静観することを基本的な対応方針としている。米国では、米連邦準備制度理事会(FRB)は継続的な金利据え置きを正当化する可能性が最も高い一方、その他の主要中央銀行も同様に様子見姿勢を取り、ショックの持続期間と程度を評価してから政策調整を行うだろう。

紛争が長期化して激化した場合、エネルギー価格上昇が各国に及ぼす影響の違いによって金融政策は徐々に乖離し、これが為替相場に大きな影響を及ぼす。FRBがショックを静観する一方でエネルギー輸入国は政策対応を余儀なくされる場合、政策の乖離によって米ドル安のトレンドは加速するだろう。

 

10:現代におけるマクロ経済の重要課題

長期的な影響という観点では、戦争は政策当局が利用できる手段(それが経済政策であれ軍事政策であれ)の中で最も稚拙なものの1つであるという点を強調しておく必要がある。戦争は事前に予測不可能な二次的影響をもたらし、今回も例外ではないだろう。

また、現在の状況は、世界経済が今や強力で相反する2つの要因の綱引き状態にあることも浮き彫りにしている。一方では、世代(あるいは世紀)に一度の「テクノロジー主導の生産性向上」が期待されており、これによってトレンド成長率は押し上げられ、インフレは抑制され、金融市場にとって理想的な状況がもたらされる可能性がある。他方では、紛争の頻発、経済戦争、エネルギー不安、軍事費増大と財政優位の時代、核拡散リスクの高まり(イランと同様の運命を辿ることを回避するため)、そして今回のようにルールではなく結果が重視される秩序において「力こそ正義」という認識が強まる、「分断された地政学的環境」にある。

これら2つの要因のどちらが最終的に優勢となるかが、現代におけるマクロ経済の重要な課題である。

 

著者

Daleep Singh、パブリック/プライベート債券部門副会長兼チーフ・グローバル・エコノミスト

PGIMJ127191 5276807-20260305